キリストがわたしたちの中に生きることの自然な働き(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ピリピ1:21 なぜなら、わたしにとって生きることはキリストであり……。 ローマ8:2 なぜなら、命の霊の法則が、キリスト・イエスの中で、罪と死の法 則から、わたしを解放したからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) クリスチャン生活とは何でしょうか? クリスチャン生活とは、すなわちキリス トです。キリストがわたしたちの中に生きておられるとはどういう意味でしょう か? それは、キリストがわたしたちの命となって、わたしたちに代わって生き てくださることです。わたしたちが主の力に頼って生きるというのではなく、主 がわたしたちの内側でわたしたちに代わって生きてくださるのです。これは、わ たしたちが享受することができる一つの嗣業です。神はキリストをわたしたちの 命として与えられました。この命は一つの法則であって、ごく自然に事をなすの で、わたしたちは何もしなくてもよいのです。命の霊の法則がわたしたちの中に あります。この法則が働く時、それはわたしたちのために自然に事をなします。 もし法則でなければ、それには力が必要であって、大いに努力しなければならな いでしょう。しかし、それが一つの法則であるならば、自己の努力は必要なく、 わたしたちが働く必要はありません。 例えば、あなたが手に何かを持っているとします。あなたが手を放すなら、それ は必ず地上に落ちてしまいます。なぜなら、引力は法則であって、自動的にそう なるのです。主に感謝し、賛美します。クリスチャン生活は一つの法則であって、 わたしたちはそのような生活をしっかりと握りしめる必要もありません。主に感 謝します。そのような法則は自然な方法で活動します。神はキリストをわたした ちの中に入れ、キリストをわたしたちに賜り、わたしたちの嗣業としてください ました。このキリストが自然にわたしたちの中で働かれるのです。わたしたちは ただイサクのように、そのキリストを嗣業として受ければよいのです。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第35巻「アブラハム、イサク、ヤコブの神」(1999年版) のメッセージ第8章から引用されています。いずれも日本福音書房から出版され ています。