神の民は麦束と星にたとえられる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創世記37:6 ヨセフは彼らに言った。「どうか私の見たこの夢を聞いてください。 (7節)見ると、私たちは畑で束をたばねていました。すると突然、私の束が立ち 上がり、しかもまっすぐに立っているのです。見ると、あなたがたの束が回りに 来て、わたしの束におじぎをしました。」 (9節)ヨセフはまた、ほかの夢を見て、 それを兄たちに話した。彼は、「また、私は夢を見ましたよ。見ると、太陽と月 と十一の星が私を伏し拝んでいるのです。」と言った。(新改訳) ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちの目に、ヨセフの兄たちは、姦淫、淫行、殺人を犯す者、憎む者であ って(創世記35:22.38:12-26.34:25-29.37:4)、罪定めされて地獄に行くべき です。しかしヨセフは、いばらと強盗どもが温順な十代の少年を取り巻いている 夢を見たのではありません。そうではなく、彼は麦束と星の夢を見たのです。こ れは、神の目にヤコブの子たちが地上での神の作物であったことを示します。第 二の夢で、……彼らは天に輝く明るい光でした。 ヨセフの時代、彼の家族は地上における神の民の総合計でした。わたしたちの見 方によれば、彼らは邪悪で汚れていましたが、神の見方によれば、彼らは輝いて おり、天的でした。同じように、わたしたちは人の性質によれば、醜く、邪悪で、 汚れています。それにもかかわらず、わたしたちは選ばれ、贖われ、赦され、再 生され、造り変えられました。ですから、わたしたちは神の農場、神の作物です。 そればかりか、わたしたちは天的な光です。これは何というビジョンでしょう! 神は主権をもってこれらの夢をヨセフに与えられました。なぜなら、それらは地 上における神の民の性質、地位、機能、目標を啓示しているからです。神の民は、 神の収穫物、神の光です。収穫物として、彼らは命を持っており、天の軍勢とし て、彼らは光を持っています。最初の夢には命があり、第二の夢には光がありま す。命と光は神の民の二つの特徴です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「旧約ライフスタディ・創世記(六)」(1999年版)メッセー ジ第92編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。