比類のない言葉を語るイエス・キリスト ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ1:1 イエス・キリストの系図の書。彼はダビデの子であり、アブラハム の子である。 ピリピ3:8 しかしさらに、わたしはまた、わたしの主キリスト・イエスを知る 知識の卓越性のゆえに、すべての事を損失であると勘定します。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは新約聖書について一言、言う必要があります。新約聖書はあるパー スンの生ける絵です。このパースンはあまりにも不思議です。彼は神と人の両方 です。彼は神と人のミングリングです。なぜなら、彼の中には神聖な性質と人の 性質が一つにミングリングされているからです。彼は王であり、彼は奴隷です。 彼は不思議です! 彼が語られたように深遠で明確な言葉をかつて語った人はいません。例えば、イ エスは、「わたしは命のパンである」(ヨハネ6:35)、「わたしは世の光である」 (ヨハネ8:12)と言われました。プラトンと孔子は二人の偉大な哲学者であり、人 々は彼らが語ったことを高く評価しましたが、どちらも「わたしは世の光である」 と言うことはできませんでした。他のだれも、「わたしは命である」、「わたし は道である」、「わたしは実際である」(ヨハネ14:6)と言うことはできません。 「わたしはある」、「わたしはあってある者」、「わたしはあるという者」、こ れらは簡単な言葉で短い文章ですが、偉大で深遠です。わたしたちのだれが、自 分は世の光である、自分は命であると言うことができるでしょうか? そのよう に言えば、わたしたちは必ず病院に送られるでしょう。しかし、イエスはこれを 言うことができました。彼は何と偉大でしょう! ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(一)」(1997 年版)メッセージ第1編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。