古いものを捨てて、新しいものをもたらす(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ1:5 へロデがユダヤの王であったころ、……ザカリヤという名の祭司がい た。彼の妻はアロンの娘たちの出であって、その名をエリサベツといった。 (13節)……「あなたの妻エリサベツは、あなたに男の子を産むであろう。彼の名 をヨセフと呼びなさい」。 マタイ3:1 さてそのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で宣べ伝 えて、(2節)言った、「悔い改めよ、天の王国は近づいたからだ」。  ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) バプテスマのヨハネは生まれながらの祭司でしたが、祭司の外側の地位を捨てま した。彼は誕生という外側の地位によって真の祭司であったのではなく、予表に よる祭司、影による祭司でした。第3章1節でヨハネは真の祭司として来て、荒 野で宣べ伝えました。バプテスマのヨハネの宣べ伝えは、神の新約のエコノミー の開始でした。彼は自分の宣べ伝えを、聖なる都の中の聖なる宮で行なったので はありません。そこでは宗教的で文化的な人たちが、彼らの聖書的な規定によっ て神を礼拝していました。ところが彼は荒野で、「野蛮な」方法で、古い規定を 守らないで宣べ伝えたのです。 これは、旧約による神への礼拝の古い道が捨てられ、新しい道がもたらされよう としていたことを示します。ここの荒野は、神の新約エコノミーの新しい道が、 宗教や文化と正反対であることを示します。それはまた、古いものは何も残され ておらず、新しいものが建て上げられようとしていることを示します。律法の経 綸はバプテスマのヨハネの到来によって終わりました(マタイ11:13、ルカ16:16)。 ヨハネの宣べ伝えは福音の初めでした。ですから、恵みの経綸はヨハネから始ま ったのです。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(一)」(1997 年版)メッセージ第8編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。