天の王国は最高水準の律法を持つ ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ5:19 だから、だれでも、これらの戒めの最も小さいものの一つを廃棄し、 人にそう教える者は、天の王国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それらを行 ない教える者は、天の王国で大いなる者と呼ばれる。 ヤコブ2:10 というのは、律法全体を守ったとしても、一点につまずくなら、す べてを犯したことになるからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― この節(マタイ5:19)でキリストは、もしわたしたちが律法の戒めの最も小さいも のをすべて守らないで、それを廃棄し、人にそう教えるなら、わたしたちは天の 王国で最も小さい者になるという事実を強調されました。他のどの人の道徳も、 王国の民ほど高くありません。わたしたちは命だけを顧みて道徳を顧みないなど と、決して考えてはなりません。命はその表現を持たなければならず、最高の命 は最高の表現を持ちます。道徳は命の表現です。ですから、あなたが最高の命を 持つなら、確かにこの命の表現としての最高の道徳を持つでしょう。 王国の水準は道徳の水準よりも高いのですから、わたしたちは古い律法の水準を 守る以上のことを行なわなければなりません。道徳の水準によれば、わたしたち は殺人や姦淫を犯すべきではありません。殺人や姦淫を断つなら、わたしたちは 道徳的な人です。しかし、王国の水準は、敵を愛し、迫害する者のために祈り、 悪しき者に抵抗してはならないと言います(マタイ5:44, 39)。もしだれかがわた したちの右の頬を打つなら、他の頬も向けるべきです(39節)。この水準は道徳の 水準より何とはるかに高いことでしょう! わたしたちは最高の律法、最高の命、 最高の水準を持ちます。その最高の命によって、わたしたちは最高の律法を成就 し、最高の水準を持ちます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(一)」(1997 年版)メッセージ第17編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。