花婿と共に祝宴を楽しむ ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ9:14 その時、ヨハネの弟子たちがイエスの所に来て言った、「わたした ちとパリサイ人はしばしば断食しているのに、なぜあなたの弟子たちは断食しな いのですか?」。(15節)イエスは彼らに言われた、「婚宴の部屋にいる子たちは、 花婿が一緒にいるのに、悲しむことができようか? しかし、花婿が彼らから取 り去られる日が来る。その時、彼らは断食する」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 医者も花婿も喜ばしいものです。自分を義として異議を唱える古い宗教のパリサ イ人を取り扱う時、王なる救い主は、自分が病人をいやすために来た医者である ことを示されました(12節)。断食をして異議を唱える新しい宗教のバプテスマの ヨハネの弟子たちを取り扱う時、彼はご自身を花嫁をめとる花婿であると啓示さ れました。バプテスマのヨハネは彼の弟子たちに、キリストは花嫁をめとる花婿 であることを話していました(ヨハネ3:25-29)。今や王なる救い主キリストは、 彼らのうちの何人かにこの事を思い起こさせました。王なる救い主はまず、彼に 従う者をいやし、それから彼らを婚宴の子たちとされました。そして、ついには 彼らを彼の花嫁とされます。彼らは主を医者として、自分たちの命を回復してい ただくだけでなく、主を花婿として、彼の臨在の中の享受の生活を送るべきでし た。彼らは主と共に喜ばしい婚姻の場にいたのであって、彼の不在を悲しむ葬り の場にいたのではありません。どうして彼らは彼の御前で祝宴を楽しまないで、 断食などすることができたでしょうか? 婚宴の時に断食をするのは愚かなことです。まして、人が婚宴の祝宴を享受して いるのに断食することは、花婿に対する侮辱です。ここにわたしたちは主の知恵 を見ます。彼は彼らと論争しませんが、確かに宗教的な者たちを罪定めされまし た。主は次のように言っておられるようでした、「あなたがた宗教的な人たちは 目標を見失っています。わたしが花婿であり、わたしを取り巻いているわたしの 弟子たちがみな婚宴の部屋にいる子たちであることがわからないのですか? 彼 らは断食すべきではありません。彼らはわたしと一緒に楽しまなければなりませ ん」。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウィットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(二)」(1997 年版)メッセージ第27編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。