わたしたちの持っているものをささげることによって人を顧みる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ14:16 しかし、イエスは彼らに言われた、「彼らが行くには及ばない。 あなたがたが彼らに何か食べる物を与えなさい」。(17節)彼らはイエスに言った、 「わたしたちは五つのパンと二匹の魚のほか、ここに何も持っていません」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 主イエスが弟子たちに、食べる物を群衆に与えるよう命じられた時、弟子たちは、 「わたしたちは五つのパンと二匹の魚のほか、ここに何も持っていません」と言 いました。あなたは恵みを活用しようとする時、自分には何もないことを見るで しょう。もしあなたが人に戒めを与えているだけなら、自分がどれほど貧しいか を認識しないでしょう。あなたは自分がとても賢いと思い、自らにこう言うでし ょう、「わたしは何と賢いのでしょう! 他のだれも夕暮れが来たことに気づい ていません。しかし、わたしはすべてを知っています。わたしはイエスに教える ことさえできます」。しかしながら、恵みを活用するよう主に語られる時、わた したちは次のように言うでしょう、「今、主イエスは恵みの言葉を語って、わた しに何か食べる物を彼らに与えるよう告げられました。この恵み深い言葉はわた しの貧しさを暴露します。直ちに、わたしは自分が何も持っていないことを見ま す。わたしはただ命じる口を持っているだけです。わたしは命令を与えることが でき、指図することができ、教えることができますが、何も与えるものはありま せん」。 あなたは律法の下にいるのでしょうか、それとも恵みの下にいるのでしょうか?  もし律法の下にいるなら、あなたは依然として、自分には誇るべきものがあり、 自分の賢い思い、先見の明、知識、人を指図する能力があると感じるでしょう。 しかし、主があなたを恵みの下に置かれる時、あなたの貧しさと無一物が暴露さ れ、自分には与えるものが何もなく、自分自身を養うものさえないことを、認め なければならないでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(二)」(1997 年版)メッセージ第43編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。