わたしたちのタラントを用いて、他の人たちを顧みる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ25:24 一タラントを受けた者も来て言った。……(25節)そこでわたしは 恐ろしくなり、去って、あなたのタラントを地に隠しました。ご覧ください。こ れがあなたのものです。(26節)主人は彼に答えて言った、『邪悪で怠惰な奴隷よ ……』。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちのだれも、主はわたしたちに何も与えられなかったと言うことはでき ません。少なくてもわたしたちは一タラントを持っています。主があなたに与え られたものには、生み出す要素が含まれています。あなたが自分のタラントを持 ってどこへ行っても、それは生み出すでしょう。しかしながら、この生み出すこ とは、あなたの実行、あなたがタラントを活用することにかかっています。あな たがそのタラントを用いるなら、それは生み出します。しかし、もしあなたがそ れを隠すなら、何も生み出さないでしょう。 ある人は聖徒を訪問する時間がないと主張しますが、うわさ話をする時間はたく さんあるのです。もしあなたが主のあわれみと恵みを仰ぎ望んで、うわさ話をや めるなら、多くの時間が節約され、あなたはこの時間を用いて聖徒たちを顧みる ことができるでしょう。 主の回復では、すべての兄弟姉妹が負担を担って、他の人たちを顧みなければな りません。特に、若い人たちや新しい人たちを顧みなければなりません。集会の 後、多くの人はただ特定の人たちだけを訪問する習慣を持っています。そうでは なく、彼らはこの機会を利用して、新しい人たち、若い人たち、さらに彼らが祈 り続けてきた後退している人たちと接触すべきです。わたしたちがみなこれを行 なうなら、すべての若い人たちや弱い人たちは顧みられるでしょう。あなたはと ても忙しいかもしれませんが、あなたにそうする心があり、自分のタラントを進 んで活用しようとするなら、やはりだれかを顧みることができるでしょう。たと え十分間でもだれかと時間を費やすことによって、わたしたちは彼を大いに成就 することができます。人がこのようにして建て上げられると、彼は温められたと 感じ、自分は顧みられていることを知るでしょう。そうすれば、彼はさらに助け を得たいと願うでしょう。もしわたしたちがみなこれを実行するなら、だれも軽 んじられることはないでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は 、ウィットネス・リー著「新約ライフスタディ・マタイによる福音書(三)」(1997 年版)メッセージ第66編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。