わたしたちの道は荒野の道である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ヨハネ2:15 世と世にあるものを愛してはいけません。だれでも世を愛するな ら、御父への愛は彼の中にありません。(16節)なぜなら、すべて世にあるもの、 すなわち肉の欲と目の欲と生活の虚栄とは、御父から出たものではなく、世から 出たものであるからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第2編) 今日、わたしたちはエジプトから出て来なければなりません。その時から、わた したちはクリスチャンになり、わたしたちの道はエジプトにではなく、荒野の中 にあります。新約の言葉をもって言えば、エジプトはこの世を表し、荒野もこの 世を表します。エジプトは精神的な意味でのこの世を指します。荒野は物質的な この世を指します。わたしたちクリスチャンは物質的なこの世にいるのであって、 精神的なこの世にいるのではありません。この世には二種類あることを見なけれ ばなりません。一種類のこの世は一つの場所であり、もう一種類のこの世は一つ の組織です。人の目の欲をそそり、肉の欲、虚栄心を引き起こす物質的なこの世 と関係のある多くの物があります。これはエジプトです。しかし、この世にはも う一つ別の意味があり、それは人の体の住む場所としての物質的なこの世のこと です。 今日わたしたちクリスチャンは、この世の制度、この世の組織から出て来なけれ ばなりません。この世を離脱したというのは、精神上のこの世を指しているので あって、物質的なこの世を指しているのではありません。わたしたちは、物質的 なこの世からではなく、精神上のこの世から離れる必要があります。言い換えれ ば、わたしたちはやはりこの世にいますが、この世はわたしたちにとって荒野と なっています。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第48巻「初信者を成就するメッセージ(一)」(1999年版) の第5編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。