キリストはすべての天使のかしらである ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:9 なぜなら、キリストの中には、神たる方の全豊満が肉体のかたち をもって住んでいるからです。(10節)そしてあなたがたは、キリストにあって満 たされているのです。彼はすべての支配と権威(天使たち)のかしらです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 明らかにコロサイの聖徒たちは、キリストが彼らと神との間の仲介者であり得る とは考えませんでした。彼らの観念によれば、キリストはあまりに高く上げられ ており、このようにして彼らを助けることはできないのです。ですから、彼らは 仲介者としての天使たちが必要であると感じたのです。こういうわけでパウロは、 キリストがすべての天使のかしらであると告げました。わたしたちは、すべてで あるキリストを持っている限り、天使に頼る必要はありません。もしわたしたち に仲介者が必要であれば、キリストがわたしたちの仲介者です。これは天使の機 能ではありません。そうです。神は高く、わたしたちはとても低いのです。しか しこれは、わたしたちが天使を仲介者として必要とすることを意味するのではあ りません。 キリストにあって、わたしたちは満たされています。わたしたちには何の不足も ありません。コロサイ人は天使を仲介者と考えていたので、キリストがすべての 天使のかしらであることを見る必要がありました。教理的にも経験的にも、わた したちはキリストにあって満たされており、何の不足もないと証しすることがで きるべきです。キリストにあってわたしたちは、神、義、命、全宇宙のすべての 積極的なものを持っています。わたしたちはキリストを持つことによって、すべ ての天使のかしらである方を持っています。コロサイ人が天使礼拝の異端を受け 入れるとは、何と言う間違いであったことでしょう! キリストはすべてですか ら、わたしたちが必要とするすべてのもののために、彼に行くべきです。今やわ たしたちは、パウロが第2章10節の句を加えた理由がわかります。それは、わた したちのキリストがすべての支配と権威のかしらであるので、わたしたちが仲介 者としての天使を必要としないという事実を、コロサイ人に印象づけるためでし た。彼はすべての天使のかしらです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第8編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。