宗教によって迫害される ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ15:20 『奴隷は主人にまさることはない』と、わたしがあなたがたに言 った言を思い出しなさい。彼らがわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害す るであろう……。 16:2 あなたがたを殺す者がみな、自分は神に仕えていると思う時が来る。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第3編) 宗教的な人々は、彼らの規定を破るのを容認することができません。彼らの宗教 の規定に違犯するどのようなことも、迫害をひき起こします。イエスが安息日を 破られた時、ユダヤの宗教家たちは彼を迫害し、殺そうとさえしました。最終的 に、宗教はイエスに死刑を宣告することに成功しました。使徒行伝で、その状況 が使徒たちの迫害に関して同じであったことを見ます。同じように、大多数の殉 教者は宗教の手で迫害されました。今やわたしたちがキリストのからだを建造す るために、この迫害、この苦難を受ける番です。わたしは中国でニー兄弟(ウオ ッチマン・ニー)と共にいた年月において、彼がいかに多く宗教によって迫害さ れたかを見ました。うわさ、反対、罪定めが、宗教的な人々から来ました。 しばしば人々はわたしに、教会に関する事以外はわたしの務めを高く評価すると 告げました。ある人たちは、教会について語らないようにとわたしに嘆願さえし ました。この一つの事例が1964年、テキサスで起こりました。わたしはダラスに 招かれて、あるクリスチャンのグループで語りました。ある集会後の夜、わたし を接待してくれた人はわたしに言いました、「リー兄弟、……どうかあなたのメ ッセージの中で、教会について何も言わないでください」。わたしは答えました、 「あなたが認識する必要のある重要な事は、わたしが命としてのキリストについ て供給すればするほど、聖徒たちはますます教会に飢えるようになるということ です」。最後の集会の間、わたしは主の導きを受けて、ローマ人への手紙第12章 から、からだについて語りました。もしわたしが教会に関して語らなかったなら、 主に対して忠信ではなく、聴衆に対しても誠実ではないことを、わたしは知って いました。わたしは、わたしを接待してくれた人や他の人が怒ることを知ってい ましたが、教会生活について強い言葉を語りました。 わたしはただ教会生活の回復のためのわたしの立場のゆえに攻撃され反対されて きたと、証しすることができます。あなたが教会のために立つことを選ぶなら、 攻撃され、誤解され、中傷される覚悟をしていなさい。多くの邪悪な事があなた に関して語られるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第12編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。