わたしたちのクリスチャン生活と教会生活のかぎ ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:27 神は彼らに、異邦人の間にあるこの奥義の栄光の豊富がどんなも のであるかを、知らせたいと願われました。それはあなたがたの内にいますキリ ストであり、栄光の望みです。 2テサロニケ1:10 主は来られるその日に、聖徒たちの中で栄光を受けられ、ま た信じたすべての者の間で驚嘆されるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 27節でパウロは、わたしたちの内にいますキリストは栄光の望みであると言いま す。キリストは今や、栄光に満ちた奥義です。キリストが戻って来て彼の聖徒た ちを栄光化される時、この栄光は極みまで明らかに示されるでしょう。ですから、 それは望み、栄光の望みです。 わたしたちの内住するすべてを含むキリストがわたしたちの栄光の望みであると いうビジョンを見るなら、わたしたちの生活は徹底的に変わるでしょう。わたし たちは次のように言うでしょう、「主よ、今後、わたしはあなた以外の何にも注 意しません。教理、規定、規則、伝統に注意しません。宗教、哲学、この世の初 歩的な教えに注意しません。主よ、わたしは神の具体化としての、またわたしの 霊の中の命を与える霊としてのあなたにだけ注意します。あなたはわたしの霊の 中で真実であり、生きておられ、実際的ですから、わたしはあなたによって、あ なたと共に生きることができます。主よ、わたしの唯一の願いは、あなたをこの ように経験することです」。ああ、わたしたちがみなこのビジョンを見ますよう に! このビジョンを見るなら、わたしたちはまた今日のクリスチャンがいかにキリス ト以外の事柄にそらされているかを認識するでしょう。彼らは、良い事柄、聖書 的な事柄、根本主義的な事柄、霊的な事柄にさえ注意を払うかもしれません。そ れにもかかわらず、これらの事柄はキリストご自身ではありません。永遠から隠 されてきた奥義であり、今や新約の時代に聖徒たちに明らかに示されているキリ ストを見ることは、極めて重要です。この奥義がわたしたちのクリスチャン生活 と教会生活のかぎです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第14編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。