神と人との仲保者としてのキリスト ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:18 あなたがたをふさわしくないと言って裁く、わざとらしい謙そん や天使礼拝をする者に、あなたがたの賞をだまし取らせてはなりません。 1テモテ2:5 なぜなら、ひとりの神がおられ、また神と人との間にひとりの仲 保者、すなわち人なるキリスト・イエスがおられるからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第2編) コロサイ人は天使礼拝へそらされたことを覚えておいてください。ですから、パ ウロは彼らに、キリストがすべての天使のかしらであり、わたしたちは彼の中に いるので、わたしたちが天使を礼拝する必要はないと告げました。 コロサイ人が天使を礼拝していたのは、神はあまりに高すぎるので、低い人は直 接、礼拝することはできないという異教的な教えの影響の下に落ち込んだからで す。この虚偽の教理によれば、わたしたちはへりくだって、わたしたちと神との 間の仲保者である天使を礼拝しなければなりません。このように天使を礼拝する 人たちは、自分はやはり神を礼拝しているのであって、偶像を礼拝しているので はないと主張します。彼らは、わたしたちよりすぐれている天使の仲介を通して 神を礼拝していると主張します。この異端は小アジアで優勢になりました。です から、パウロは負担を持って彼らの誤りを指摘しました。コロサイ人が天使を仲 保者としたことは、何という間違いであったことでしょう! 神と人との間にはひとりの仲保者、人なるキリスト・イエスがおられます(1テ モテ2:5)。コロサイ人は、すべての天使のかしらである方の中にいたので、ま た彼らは彼の中で満たされていたので、何にも欠けたものはなかったのです。彼 らは天使に仲保者になってもらう必要はありませんでした。天使はわたしたちに 仕え、わたしたちを守るのであって、わたしたちと神との間の仲保者ではありま せん。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第22編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。