御使いたちはわたしたちに仕え保護するために神によって案配された ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヘブル1:13 彼は御使いのだれに対して、こう言われたでしょうか? 「わたし があなたの敵どもをあなたの足の足台とするまで、わたしの右に座していなさい」。 (14節)彼らはすべて仕える霊であって、救いを受け継ごうとしている者たちに仕 えるために、遣わされたのではないですか? ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第3編) すべての聖徒たちは少なくともひとりの御使い、ひとりの御使いの護衛を持って おり、彼らはわたしたちに仕え、わたしたちを保護しています。これはマタイに よる福音書第18章10節の主の言葉で証明されます。主はそこでわたしたちに命じ ておられます、「これらの小さい者の一人をもさげすむことがないように……天 にいる彼らの御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔を、いつも見ている のである」。さらに、ペテロが獄から解放されて門の戸をたたいていた時、家の 中にいた人たちは、ぺテロが戸をたたいていると言った若い女に、「それは彼の 御使いだろう」と言いました(使徒12:15)。 御使いはわたしたちに仕え、わたしたちを保護しますが、わたしたちは彼らを仲 保者と考えるべきではありません。彼らはしもべですから、わたしたちは彼らを 礼拝すべきではありません。わたしたちは、すべての御使いのかしらである方と 一体化され、そして彼の中で満たされています。これについてはっきりしている なら、わたしたちは決して御使いを礼拝することによって惑わされることはない でしょう。むしろ、わたしたちは正しい認識を持ちます。すなわち、とても実際 的な意味で、わたしたちは御使いたちのかしらと一であるので、彼らより高いの です。事実、わたしたちはキリストのパートナーであり、キリストは彼らのかし らであって、彼の中でわたしたちは完全にされているのです。 キリストの中で満たされているという事実は、御使いを礼拝することに相対しま す。わたしたちはキリストと一であるので、決して御使いを礼拝すべきではあり ません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第22編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。