全き知識へと至るように新しくされつつある ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ3:10 新しい人を着たのです。その新しい人は、それを創造された方の かたちにしたがって全き知識へと至るように、新しくされつつあるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― コロサイ人の問題は、彼らが間違った種類の知識を持っていたということでした。 コロサイ人への手紙第2章8節でパウロが語っている哲学は、人々の伝統にしたが い、この世の初歩的教えにしたがうものであって、キリストにしたがってはいま せん。今や第3章10節でパウロは、神のかたち、表現、豊満にしたがった全き知 識について語ります。新しい人に関しては、わたしたちの思いは新しくされて、 見えない神の表現であるキリストにしたがって全き知識へと至る必要があります。 わたしたちの思いは、神のかたちとしてのキリストについての明瞭な展望を持つ 程度にまで、新しくされる必要があります。 コロサイ人への手紙の中で開いて見せているキリストを正しく理解できるクリス チャンはほとんどいません。彼らの思いは新しくされておらず、キリストを知る そのような全き知識を持っていません。その結果、今日の多くのクリスチャンは、 コロサイ人たちと同じように誤った導きを受け、惑わされ、たぶらかされていま す。 わたしたちの思いがすべてを含むキリストの知識で満たされる時、わたしたちの 感情は影響を受けるようになるでしょう。こうして、わたしたちは主イエスにつ いて一層大きな評価をするようになります。例えば、子供は箱の中のダイヤモン ドの指輪より、ビロードの小箱の方を一層評価するかもしれません。その子供の 思いには、ダイヤモンドの指輪の価値を知る知識がないからです。しかし、その 子供が成長するにつれて、彼は指輪を一層評価するようになります。ついに彼は 指輪をほしがるようになり、箱を捨てるでしょう。 (明日へ続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙(三)」(1980年版) メッセージ28から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。