信仰とは、御言葉を受け入れて宣言することである ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1テサロニケ1:5 なぜなら、わたしたちの福音があなたがたの所へ伝えられて いったのは、言だけによったのではなく、力と聖霊……とにもよったからです。 (6節)そしてあなたがたは、大きな患難の中で、聖霊の喜びをもって言を受け入 れ、わたしたちにも主にも倣う者となり……。(8節)すなわち、主の言があなた がたから出て、……あらゆる所で響き渡っており、神に対するあなたがたの信仰 も広く伝わっている……。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 何が信仰であるのかを言うことは、極めて難しいです。しかしながら、これらの 節を注意深く考えることにより、わたしたちは信仰についての正当な理解を持つ ことができます。 第一に、信仰とは、わたしたちに宣べ伝えられた言葉を持つということです。次 に、信仰は、わたしたちがその言葉を受け入れることと、わたしたちがそれを響 き渡らせることも含んでいます。このような言葉が信仰です。福音の言葉は、宣 べ伝えられ、受け入れられ、宣言されます。このようにして、その言葉はわたし たちの内側で信仰となります。宣べ伝える者の語りかけにおいては、その言葉は 福音です。しかし、わたしたちがその言葉を受け入れる時、特にわたしたちがそ の言葉を響き渡らせる時、それはわたしたちの内側で信仰となるのです。 仮に、福音を宣べ伝える人が、人の堕落と神の救いについて未信者に語るとしま す。福音を宣べ伝える人は、神がキリストにあって受肉されたこと、彼がわたし たちの罪のために十字架につけられたこと、彼が死人の中から復活させられたこ と、彼が命を与える霊と成られてわたしたちの中に住むことを、未信者に告げま す。この未信者がその福音の言葉を受け入れて宣言する時、それが信仰になりま す。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・テサロニケ人への第一の手紙(一)」 (1986年版)メッセージ6から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。