偉大な事柄:父なる神の中にいる(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ1:5 みこころの大いなる喜びにしたがい、イエス・キリストを通して、 わたしたちを子たる身分へと、彼ご自身へあらかじめ定められました。 ヨハネ1:12 しかし、すべて彼を受け入れた者、すなわち、御名の中へと信じる 者に、彼は神の子供たちとなる権威を与えられた。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 父なる神の願いは何でしょうか? 新約によれば、御父は多くの息子たちが欲し いのです。御父の関心は子たる身分にあります。これらの息子たちを生み出すた めに、彼は子供たちを生んでこられました。彼にとっては、子たちの数を制限す る必要はありません。子供たちが多ければ多いほど良いのです。父なる神は多く の息子を生み出すという決定的な目的を持っておられます。彼は目的のない愚か な父ではありません。神の選びと定めは、彼の目的にしたがっています。これは 神が唯一の発起人また創始者であることを示します。こういうわけで、教会が父 なる神にあることは、教会が神の目的、計画、選び、定めの中にあることを暗示 します。疑いもなく、教会は神の召しの中にもあります。父なる神にある教会は、 発起人であり創始者である方の中にある教会です。 父にある教会についてのこのような理解は、単に教理の問題ではありません。む しろそれは、わたしたちの実行上の経験においてわたしたちと大いに関係があり ます。今日クリスチャンの間の問題は、彼らが異なる目的と計画を多く持ってい るということです。異なる発起人たちと創始者たちとがいます。これは正しくあ りません。わたしたちクリスチャンはみな唯一の目的、すなわち、わたしたちの 父の目的を持つべきです。わたしたちはまた父の唯一の計画も持つべきです。も しすべてのクリスチャンたちが彼ら自身の目的と計画を放棄し、ただ一人の発起 人と創始者だけを持つなら、何が起こるか想像してみなさい。わたしたちのすべ ての間に何という一があることでしょう! いかなる分裂もないでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・テサロニケ人への第一の手紙(一)」 (1986年版)メッセージ8から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。