あなたがたはわたしたちの栄光であり、喜びである ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1テサロニケ2:19 わたしたちの主イエスの来臨の時、御前でのわたしたちの望 み、喜び、誇りの冠は何でしょうか? それは、あなたがたではないでしょうか?  (20節)なぜなら、あなたがたはわたしたちの栄光であり、喜びであるからです。 ピリピ4:1 そこで、わたしの愛する、恋い慕っている兄弟たちよ、わたしの喜び、 冠である愛する者たちよ。そのように主の中でしっかりと立ちなさい。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 20節によれば、使徒たちは信者たちの養う母、また勧める父であったので(7、11節)、 信者たちは彼らの子供たちとして、彼らの栄光であり、喜びでした。彼らなしに は、使徒たちには望みも、喜びも、誇りの冠もなかったのです。 ここでパウロは次のように言っているようです、「あなたがたはわたしたちの望 み、わたしたちの喜び、わたしたちの誇りの冠です。兄弟たちよ、わたしたちは ただあなたがたのためにここにいます。わたしたちは何か他の事のためにここに いるのではありません。もしわたしたちがあなたがたを持っていないとしたら、 わたしたちは何も持っていません。あなたがたの望みが主の来臨であるのと同じ ように、あなたがたはわたしたちの望みです。あなたがたがいないとしたら、主 の来臨の時、わたしたちは喜びと栄光に欠けることになるでしょう。わたしたち にはあなたがたが必要です! 主イエスの再臨の時、あなたがたは主の御前でわ たしたちの希望、わたしたちの喜び、わたしたちの冠、わたしたちの栄光なので す」。 再びパウロは、自分の子供たちを顧みることで、その深い感情を言い表しました。 確かに彼は、子供たちに勧める父でした。両親からのそのような言葉は、深く触 れるものであり、子供たちの心に触れます。この種の語りかけは、子供たちを育 て、彼らの成長を助けます。パウロは良き父親として、子供たちの心にどのよう にして触れるかを知っていました。もしあなたが他の人たちの心に触れることが できるとしたら、あなたは彼らの成長を顧みることに成功するでしょう。他の人 たちを育てる最上の方法は、彼らの心に深く触れることです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・テサロニケ人への第一の手紙(一)」 (1986年版)メッセージ13から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。