あなたがたがわたしの中におり、わたしがあなたがたの中にいる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ14:20 その日には、わたしがわたしの父の中におり、あなたがたがわた しの中におり、わたしがあなたがたの中にいることを、あなたがたは知るであろ う。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちがキリストの中にあるということは、キリストの事実を指しています。 キリストがわたしたちの中におられるということは、キリストの命を指していま す。言い換えれば、わたしたちがキリストの中にあることはキリストのみわざに 触れることであり、キリストがわたしたちの中におられることはキリストの命に 触れることです。わたしたちがキリストの中にある時、キリストにあるすべての 事実はわたしたちのものになります。キリストがわたしたちの中におられる時、 キリストの中にあるすべての力はわたしたちのものになります。わたしたちがキ リストの中にある時、キリストが達成されたすべてのことはわたしたちのものに なります。キリストがわたしたちの中におられる時、キリストが達成することの できるすべてのことはわたしたちのものになります。 もしわたしたちが、ただわたしたちがキリストの中にあることだけを知っていて、 キリストがわたしたちの中におられることを知らないなら、わたしたちは弱く、 またむなしく、すべてはただ理想に終わるだけで、失敗ばかりすることでしょう。 しかしながら、キリストがわたしたちの中におられることだけを知っているだけ で、わたしたちがキリストの中にあることを知らなければ、わたしたちはやはり 多く苦しむでしょう。わたしたちは、自分の行ないたい事を行なう方法がないこ とを、見いだすでしょう。わたしたちがどんなに試みても、完全に行なうことは できないでしょう。 命、敬虔、聖、義に関するすべての事柄、またこの時代と来たるべき時代に関す るすべての事柄は、「わたしたちがキリストの中にある」と「キリストがわたし たちの中におられる」というこの二つの句の中に含まれています。恵みのこの二 つの面は、クリスチャンの享受です。もしわたしたちがこの二つの面の恵みを享 受するなら、もはや自己の努力を必要としなくなります。この二つの面の恵みは、 わたしたちを自己の働きから離れさせます。また、すべてが神から出たものであ って、何一つわたしたち自身から出たものでないことを、わたしたちに示してく ださいます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第35巻「アブラハム、イサク、ヤコブの神」(1998年版) 第8章から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。