イエスは神と人との両方である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒20:28 ……神がご自身の血を通して獲得された神の教会を牧させるのです。 ヨハネ1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 (14節)そして言は肉体と成って、わたしたちの間に幕屋を張られた……。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちのために死なれた神は、肉体と成られる前の神ではありません。肉体 と成られる前、神は確かに血を持っておられませんでした。また彼はわたしたち のために死ぬことができませんでした。神がわたしたちのために死なれたのは、 肉体と成られた後、すなわち神が人性とミングリングされた後でした。肉体と成 られることを通して、わたしたちの神、創造主、永遠なる方、エホバは、人とミ ングリングされたのです。その結果、彼はもはや単なる神ではありませんでした。 彼は神・人となられました。神・人として、彼は確かに血を持っておられました し、わたしたちのために死ぬことができたのです。 神・人が十字架上で死なれた時、彼は人としてだけでなく、また神としても死な れました。十字架上で死なれた方は、神から身ごもり、神をもって生まれた方で した。彼は神・人でしたから、神の要素そのものが彼の中にありました。神聖な 要素が彼の人性とミングリングされていました。 主イエス、神・人の受胎において、聖霊からの神聖な本質(マタイ1:18-20、ルカ 1:35)がマリヤの胎の中に生まれました。神性と人性の両方の本質をもって達成 されて、人の処女の中に聖霊がそのように受胎されたことは、神の性質と人の性 質とのミングリングを構成し、神・人、すなわち神全体であり完全な人である方 を生み出しました。この方は、神の性質と人の性質をはっきり区別して所有して おり、第三の性質が生み出されることはありません。これが、イエスの最もすば らしい卓越したパースンです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(三)」(1988年版)メッ セージ54から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。