事柄において現れるキリスト(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒26:15 そこで、わたしは言いました、『主よ、あなたはどなたですか?』。 すると主は言われました、『わたしはあなたが迫害しているイエスである。 (16節)起きなさい。そしてあなたの足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたの は、わたしを見た事と、わたしがあなたに現そうとしている事について、あなた を奉仕者、証し人として任じるためである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) わたしは、第26章16節で二度用いられている「事」という語句を高く評価します。 主はまず、「わたしを見た事」について語られました。それから彼は続いて、 「わたしがあなたに現そうとしている事」について語られました。ここで主はパ ウロに次のように言っておられました、「わたしはある事をあなたに啓示するだ けでなく、啓示した事の中で、わたし自身があなたに現れます」。 わたしたちは主から受けるどんな光の中にも、キリストを見なければなりません。 照らし、ビジョン、啓示の方法でわたしたちが見るどんなものの中でも、キリス トはわたしたちに現れなければなりません。もしキリストを見ることなしにビジ ョンを見るとしたら、そのビジョンは無意味です。同じように、キリストを見る ことなしにわたしたちが聖書を学び、聖書の知識を得たとしても、その知識はむ なしいです。 啓示録は、使徒ヨハネに啓示された事柄の中で主が現れたことについての卓越し た例証です。ヨハネは数々のビジョンを見ましたが、これらのビジョンの中で主 ご自身が彼に現れました。啓示録の最初のビジョン、すなわち金の燭台のビジョ ンを考えてみてください。このビジョンについてヨハネは次のように言います、 「わたしは、わたしに語りかけたその声を見ようとして振り向いた。振り向くと、 七つの金の燭台を見た。その燭台の間に、人の子のような方が……おられた」 (啓1:12-13前半)。燭台のこのビジョンの中でヨハネは、主がともし火を整える 大祭司として燭台の間を歩いておられるのを見ました。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(四)」(1989年版)メッ セージ68から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。