あなたの心を耕してキリストを成長させる(3) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ8:7 また、ほかの種は岩の上に落ちた。それは生長したが、水気がなかっ たので枯れてしまった。(14節)いばらの中に落ちたものとは、御言を聞いても、 日を過ごすうちに、生活の思い煩いや富や快楽によって完全にふさがれて、実を 熟すに至らない人たちである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第3編) ここでわたしたちははっきりと見ますが、「いばら」は生活の思い煩いや、 富(特に、富の惑わし――マタイ13:22)や、快楽を象徴しています。これらの ものは御言をふさぎ、それが心の中で成長し実を結ぶのを妨げます。もしわたし たちの心が思い煩いで満たされているなら、どうしてキリストがわたしたちの心 の中で成長することができるでしょうか? 彼がわたしたちの内側で成長するた めには、わたしたちの心は生活の思い煩いや、富の惑わしや、快楽から解放され る必要があります。 今日のこの世で、わたしたちは多くの危険に直面します。すなわち、不道徳の危 険や、思い煩いの危険や、快楽の危険などです。あなたが快楽を持つことを願え ば願うほど、ますます多くの思い煩いを持ち、ますます苦しみを受けるでしょう。 しかし、進んで単純な生活を持とうとするなら、あなたはそれほど多くの快楽や 思い煩いを持たないでしょう。わたしたちは今日のこの世の潮流に従うべきでは ありません。この潮流には、この世の往来、快楽、思い煩いが含まれます。この 世の潮流に従った結果、多くの人たちは疲れ果てています。彼らはもっと多くの 快楽を持とうとして、この世の往来や金儲けに忙しいのです。その結果は、さら に多くの思い煩い、さらに多くの病、さらに多くの死です。わたしたちクリスチ ャンは、この時代の潮流から救い出されて、別の道を取るべきです。わたしたち がこの世の道を取らず、この世の往来、快楽、思い煩いを持たないなら、わたし たちの心は解放され、キリストのために用いられます。その時、わたしたちの心 はキリストによって占有されるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(二)」(1987年版)メッセ ージ18から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。