キリストは創造主と被造物の両方である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:14 その御子の中で、わたしたちは贖い、すなわち罪の赦しを得てい ます。(15節)御子は見えない神のかたちであり、全被造物の中で最初に生まれた 方です。(16節)なぜなら、万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるもの も見えないものも、位も、主権も、支配も、権威も、すべて御子の中で創造され たからです。万物は彼によって、彼のために創造されたのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 第1章15節でパウロは続けて、キリストが全被造物の中で最初に生まれた方であ ると言います。これは、創造においてキリストが第一位であることを意味します。 キリストは神として、創造主です。しかしながら、彼は人として、創造された血 と肉にあずかっており(ヘブル2:14)、被造物の一部です。「全被造物の中で最初 に生まれた方」とは、キリストが全被造物の中で第一位であることを指していま す。なぜなら、使徒はこの節から18節で、キリストが万物の中で第一位であるこ とを強調しているからです。 ある人たちは、キリストは創造主であるだけであって、被造物ではないと主張し ます。しかし聖書は、キリストは神と人の両方であるから、創造主と被造物の両 方であることを啓示しています。神として、キリストは創造主ですが、人として、 彼は被造物です。もし彼が被造物でなかったなら、どのようにして肉、血、骨を 持つことができたでしょうか? キリストは人と成られたのではないでしょうか?  彼は肉、血、骨を持つ体を取られたのではないでしょうか? 確かにそうでし た。わたしたちのキリストは神であり、これまでも神であって、また永遠に神で す。しかし受肉を通して、彼は人と成られました。そうでないと、彼は捕らえら れ、試みられ、十字架につけられることはできなかったでしょう。そして彼は、 わたしたちの罪のために十字架上で血を流すことはできなかったでしょう。わた したちのキリストは神と人の両方であるという真理のゆえに、主を賛美します! 神として、キリストは永遠であり、生まれる必要はありませんでした。しかし、 第1章15節で彼は、全被造物の中で最初に生まれた方であると呼ばれています。 誕生を要するものは何であれ、被造物、創造の一部であるに違いありません。も しキリストが神だけであって、人でなかったとしたら、生まれることはできなかっ たでしょう。なぜなら、神は無限で、永遠であって、初めも終わりもないからで す。しかし、人としてキリストは生まれなければなりませんでした。ハレルヤ、 キリストは人として生まれました! イザヤ書第9章6節は言います、「ひとりの みどりごがわれわれのために生まれた。ひとりの男の子がわれわれに与えられた…… その名は……大能の神、とこしえの父」。みどりごがわたしたちに生まれた時、 キリストは大能の神と呼ばれます。男の子がわたしたちに与えられた時、彼の名 は永遠の父と呼ばれます。大能の神、また永遠の父としてキリストは永遠です。 しかし、みどりごとして、男の子として、彼は生まれなければなりませんでした。 ある人は、キリストは生まれたが、創造されたのではないと言い争います。聖書 によれば、誕生は創造を遂行することです。こういうわけで、生まれることは創 造されることです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第8編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。