すべてのものはキリストの中で、キリストによって、キリストのために創造され た ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:15 御子(キリスト)は、見えない神のかたちであり、全被造物の中で 最初に生まれた方です。(16節)なぜなら、万物は、天にあるものも地にあるもの も、見えるものも見えないものも、位も、主権も、支配も、権威も、すべて御子 の中で創造されたからです。万物は彼によって、彼のために創造されたのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― キリストは主観的な方法で創造と関係があります。キリストは客観的な創造主と して、単に客観的な方法で宇宙を創造されたのではありません。彼が離れて立っ ていて、すべてのものが出てきたのではありません。そうではなく、創造の過程 は彼の中で、すなわち、彼のパースンの力の中で起こったのです。キリストは宇 宙における唯一の力です。彼のパースンがこの力です。ですから、創造は彼の中 を経過しました。これは、彼が単に客観的な創造主であっただけでなく、創造が 経過した主観的な手段でもあったことを意味します。こういうわけで、創造はキ リストの内在的な力の特徴を帯びています。 自動車の力の源であるガソリンを使うことが、これを説明する助けになるでしょ う。ガソリンは力を供給するので、自動車はガソリンの力の特徴を帯びています。 しかし、ガソリンは自動車に客観的な力として供給するのではありません。それ は、自動車の内側にある機械部品を動かすことによって、主観的に力づけるので す。ガソリンは自動車と主観的に関係があるので、それによって動かされる車輪 は、その内在的な力の特徴を帯びるのです。 万物はキリストの中で、キリストによって創造され、最終的にはキリストのため です。これらの表現は、キリストが創造と主観的な関係を持っておられることを 示します。創造は単に彼のためではなく、彼へと至るのです。これは、創造が彼 の中で完成することを意味します。パウロが三つの前置詞、「の中で」、「によ って」、「のために」を使ったのは、キリストと創造との主観的な関係を指摘す るためでした。創造はキリストのパースンの力の中で、主導的な手段としての彼 によって起こり、その完成としての彼のためです。キリストは創造と主観的に関 係があるので、彼は創造の中で神を表現されます。創造は、見えない神のかたち であるキリストの特徴を表現しています。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」 (2004年版)メッセージ第10編から引用されています。いずれも日本福音書房から 出版されています。