万物はキリストにあってまとまっている ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:16 なぜなら、万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるもの も見えないものも、位も、主権も、支配も、権威も、すべて御子の中で創造され たからです。万物は彼によって、彼のために創造されたのです。(17節)また、御 子は万物より先に存在し、万物は彼にあってまとまっています。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― これが意味することは、保持する中心としてのキリストによって万物がまとまっ ているということです。「存在する」、「成り立つ」、「まとまる」という言葉 の違いを区別することは重要です。コロサイ人への手紙第1章17節は、万物はキ リストにあって存在している、あるいは、彼にあって成り立っているとは言って いません。それは、万物は彼にあってまとまっていると言っています。存在する とはあることであり、成り立つとは、形成され、構成されることであり、まとま っているとは共に結合して存在することです。輪縁、スポーク、車軸のある車輪 を想像してください。すべてのスポークは車軸の中でまとまっています。スポー クがまとまるただ一つの方法は、車輪の中心の車軸にまとまっていることです。 これは、万物がキリストご自身にあってまとまっているという事実に関して、キ リストが創造と関係があることを説明しています。 すでに指摘したように、万物はキリストの中で、キリストを通して出現し、キリ ストへと至ります。何も彼から分離していると考えてはなりません。万物はキリ ストのパースンの内在する力の中で、主導的な手段としての彼を通して造られ、 究極的な完成の目標である彼へと至ります。さらに、万物は車軸としての彼の中 でまとまっており、支えられています。万物はキリストの中で、キリストを通し て創造され、キリストへと至るのであり、また万物はキリストの中でまとまって いるので、神は見えない神のかたちであるキリストを通して、創造の中で表現さ れることができるのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)第10編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。