慰められた心をもってわたしたちの霊を活用する ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:2 それは、彼らの心が慰められ、彼らが愛の中で結び合わされ、理 解力から来る全き確信のあらゆる豊富へと至るため、すなわち、神の奥義なるキ リストを知る全き知識へと至るためです。 エペソ1:17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、彼 [キリスト]を知る全き知識を得させ、知恵と啓示の霊をあなたがたに与えて。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神ご自身は奥義であり、キリストはこの奥義の奥義です。確かに、わたしたちは 聖書の文字を読むことによってそのような奥義を簡単に推し量ることはできませ ん。キリストはわたしたちの霊の中に住んでおられるので、わたしたちは霊を活 用して、神の奥義としての彼を知る必要があります。キリストを、外側の方法で 知る単なる対象と考えてはなりません。十字架につけられ復活させられた方とし て、彼は天の御座で生きておられ、またわたしたちの霊の中にも生きておられま す。ですから、霊を活用して彼と接触することは、極めて重要です。これは、わ たしたちの深みから開いて、彼を呼び求めなければならないことを意味します。 わたしたちの霊は、わたしたちの最も深い部分であって、心や魂のすべての部分 よりも深いのです。ですから、わたしたちの霊を活用するとは、わたしたちの最 も深い部分を開いて、主イエスの御名を呼び求め、わたしたちの内側に生きてお られる方としての彼に触れることです。 わたしたちは複雑ですが、キリストはさらに複雑です。彼を知るためには、わた したちの霊を活用するだけでなく、心が慰められなければなりません。これは、 わたしたちの心がはぐくまれ、温められなければならないことを意味します。さ らに、思いは冷静でなければならず、感情は規制されなければならず、意志は服 従させられなければなりません。わたしたちの内側のすべての部分は正常でなけ ればならず、正しく機能しなければなりません。こういうわけでパウロは、神の 奥義としてのキリストを知る全き知識を持つことに関連して、心が慰められるこ とについて語っているのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第18編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。