天使たちはしもべであって、礼拝されるべきではない(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:10 そしてあなたがたは、キリストにあって満たされているのです。 彼はすべての支配と権威のかしらです。(18節)あなたがたをふさわしくないと言っ て裁く、わざとらしい謙そんや天使礼拝をする者に、あなたがたの賞をだまし取 らせてはなりません。彼らは自分の見たものにとどまり続け、思いを肉に付ける ことによっていたずらに思い上がっていて。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) コロサイ人が天使を仲保者としたとは、何という間違いでしょう! 神と人の間 には一人の仲保者、人なるキリスト・イエスがおられます(1テモテ2:5)。コロサ イ人は、すべての天使のかしらである方の中にいたので、また彼らは彼の中で満 たされていたので、何の欠けたものもなかったのです。彼らは、天使に仲保者に なってもらう必要はありませんでした。天使はわたしたちに仕え、わたしたちを 守るはずですが、わたしたちと神の間の仲保者ではありません。すべての聖徒た ちは少なくても一人の天使、一人の天使の護衛を持っており、彼らはわたしたち に仕え、わたしたちを護衛しています。これはマタイによる福音書第18章10節の 主の言葉によって証明されます。主はそこでわたしたちに命じておられます、 「これらの小さい者の一人をもさげすむことがないように……天にいる彼らの御 使いたちは、天におられるわたしの父の御顔を、いつも見ているのである」。さ らに、ペテロが獄から解放されて門の戸をたたいていた時、家の中にいた人たち は、ペテロが戸をたたいていると言った若い女に、「それは彼の御使いだろう」 と言いました(使徒12:15)。 天使はわたしたちに仕え、わたしたちを護衛しますが、わたしたちは彼らを仲保 者と考えるべきではありません。彼らはしもべですから、わたしたちは彼らを礼 拝すべきではありません。わたしたちは、すべての天使のかしらである方と一体 化され、そして彼の中で満たされています。これについてはっきりしているなら、 わたしたちは決して天使礼拝に惑わされることはないでしょう。むしろ、わたし たちは正しい認識を持つでしょう。すなわち、とても実際的な意味で、わたした ちは天使のかしらと一であるので、彼らより高いのです。事実、わたしたちはキ リストのパートナーであり、キリストは彼らのかしらであって、彼の中でわたし たちは完成されています。 キリストの中で満たされているという事実は、天使礼拝に相対します。わたした ちはキリストと一であるので、決して天使を礼拝すべきではありません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第22編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。