古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ3:8 しかし今、あなたがたも、これらすべての事、すなわち、激怒、 憤り、悪意、冒とく、あなたがたの口から出る不潔なののしりの言葉を捨て去り なさい。(9節)互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは古い人をその行 ないと共に脱ぎ捨て、(10節)新しい人を着たのです。その新しい人は、それを創 造された方のかたちにしたがって全き知識へと至るように、新しくされつつある のです。 エペソ2:15 ……それは、彼がご自身の中で、二つのもの(ユダヤ人と異邦人)を 一人の新しい人へと創造して平和をつくるためであり、(16節)また十字架を通し て、両者を一つからだの中で神に和解させるためでした。それによって敵意を殺 してしまったのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 8節でパウロは、心理的な悪を脱ぎ去ることを語っています。もしこの節を先行 の諸節と比較するなら、パウロが肉の事柄を一つの範疇に、そしてその堕落した 魂の事柄をもう一つの範疇に分類したことがわかるでしょう。すべて消極的な事 柄は、肉のものであろうと堕落した魂のものであろうと、放棄されなければなり ません。わたしたちはこれをわたしたち自身の能力によってではなく、すべてを 含む霊の力によって行ないます。 この節(9節)は、古い人の全存在が、あたかも古い上着を脱ぎ捨てるように脱ぎ去 られることを示しています。古い人の全体が脱ぎ去られなければなりません。こ の節でパウロは、「古い人を脱ぎ捨てた」と言っています。なぜなら、わたした ちはバプテスマの中で古い人を脱ぎ捨てたからです。古い人はキリストと共に十 字架につけられました(ローマ6:6)。そしてバプテスマの中で葬られました(ロー マ6:4)。 10節において、新しい人を着るというのは、新しい着物を着るようなものです。 この節の「新しい」のギリシャ語は、若さ、時間の中の新しさを意味します。新 しい人はキリストに属します。それは十字架上で彼の中で創造された彼のからだ です(エペソ2:15-16)。それは個人的ではなく、団体的です。エペソ人への手紙 第2章15節の中の明瞭なビジョンによれば、新しい人は一つの団体的実体です。 これは、それが二つの民族、ユダヤ人と異邦人とから造られているという事実に よって証明されます。さらにまた、エペソ人への手紙第2章16節は、これらの団 体的な人々から創造された新しい人がキリストのからだであることを示していま す。ですから、新しい人とからだとは同義語であり、交換して用いることができ ます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙(三)」(1980年版) メッセージ28から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。