言とその霊で満たされる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ3:16 知恵を尽くして、キリストの言をあなたがたの内に豊かに住まわ せ、詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに教え戒め合い、恵みの中で、心から神 に向かって歌いなさい。 エペソ5:18 ……霊の中で満たされ、(19節)詩と賛美と霊の歌とで語り合い、心 から主に向かって歌い、朗詠しなさい。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― この個所[コロサイ3:16]で、賛美と歌においてあふれ出る霊の命の内なる満たし は、言と関係があります。しかし、その類似する節であるエペソ人への手紙第5 章18節から20節で、霊の命の内なる満たしはその霊と関係があります。これは、 言がその霊と同一であることを示しています(ヨハネ6:63後半)。正常なクリスチャ ン生活は、言で満たされているべきです。それは、その霊が賛美のメロディーの 中でわたしたちの内側からわき上がってくるためです。 コロサイ人への手紙は、わたしたちのかしらまた命であるキリストに焦点づけら れています。彼が彼の頭首権を行使し、彼の豊富をわたしたちに供給する方法は、 彼の言葉を通してです。ですから、強調点はキリストの言葉にあります。エペソ 人への手紙は、キリストのからだとしての教会に関してです。わたしたちが正常 な教会生活を生きる方法は、わたしたちの霊の中で満たされて、神の全豊満へと 至ることです。ですから、強調点はその霊です。エペソ人への手紙において、聖 霊とわたしたちの霊との両方が、何度も何度も強調されています。言でさえ、そ の霊と見なされています(エペソ6:17)。コロサイ人への手紙で、聖霊は一度だけ 述べられており(1:8)、人の霊も一度述べられています(2:5)。エペソ人への手紙 で、言はわたしたちの天然の命を洗い去り(エペソ5:26)、敵に対抗して戦うため です(エペソ6:17)。しかしコロサイ人への手紙で、言はキリストの卓越性、中心 性、普遍性を啓示するためです(1:25-27)。 わたしたちがすでに指摘したように、エペソ人への手紙で強調点はその霊にあり ますが、コロサイ人への手紙で強調点は言にあります。エペソ人への手紙はわた したちの生活に注意を払いますが、コロサイ人への手紙はキリストの啓示に注意 を払います。コロサイ人への手紙におけるパウロの関心は、全き知識へと至るキ リストの啓示に対してです。このために、わたしたちはキリストの言葉を必要と します。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙(四)」(1980年版) メッセージ29から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。