キリストの言葉をわたしたちの内に豊かに住まわせる(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ3:16 知恵を尽くして、キリストの言をあなたがたの内に豊かに住まわ せ、詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに教え戒め合い、恵みの中で、心から神 に向かって歌いなさい。 エペソ3:8 すべての聖徒のうちで最も小さい者よりも小さいわたしに、この恵み が与えられたのは、キリストの計り知れない豊富を、異邦人に福音として宣べ伝 えるためであり。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第1編) キリストの言葉は新約全体を内容とします。わたしたちはこの言葉で満たされる 必要があります。この意味は、わたしたちがキリストの言葉にわたしたちの内に 住んでいただき、定住していただき、ホームを造っていただくべきであるという ことです。ギリシャ語の「住まわせ」と訳された語は、家の中にいること、定住 することを意味します。主の言葉はわたしたちの内側で十分な場所を持たなけれ ばなりません。それは、主の言葉が活動し、わたしたちの内なる存在の中にキリ ストの豊富を供給することができるためです。さらにまた、キリストの言葉はわ たしたちの内に豊かに住まなければなりません。キリストの豊富(エペソ3:8)は、 キリストの言葉の中にあります。そのような豊富な言葉がわたしたちの中に住む 時、それはわたしたちの中に豊かに住まなければなりません。キリストの言葉は、 わたしたちの内側で自由な道を持つべきです。わたしたちは、ただ単に言葉を受 け入れて、その後それをわたしたちの存在の小さな領域に閉じ込めるべきではあ りません。その反対に、それはわたしたちの内側で活動するために、自由な道を 与えられなければなりません。このようにして、言葉はわたしたちの内に定住し、 わたしたちの内にホームを造るでしょう。 ある聖徒たちは聖書を愛し、毎日それを読みます。しかし、彼らの生活において、 彼らの内側で行動するのはキリストの言葉ではなく、自分の観念、意見、哲学で す。彼らは聖書を研究するかもしれませんが、キリストの言葉を内に住まわせま せん。また彼らは、キリストの言葉が自分の内で動き、行動し、存在することを も許しません。結果として、彼らの存在の中で有力になるのは、キリストの言葉 ではなく、自分の哲学です。彼らは聖書を読むでしょうが、神の言葉は彼らの外 側にとどまっています。重要なのは、わたしたちがキリストの言葉を自分の内側 に入り込ませ、自分の内に住まわせ、自分のもろもろの観念、意見、哲学に取っ て代わらせることです。わたしたちは次のように祈る必要があります、「主イエ スよ、わたしは喜んで自分の観念を捨てます。わたしはあなたの言葉にわたしの 内で立場を持っていただきたいです。わたしは喜んで自分の意見や哲学を忘れま す。わたしはあなたの言葉にわたしの内で有力になっていただきたいのです。わ たしの観念にもうこれ以上勝たせたくないです」。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙(四)」(1980年版) メッセージ29から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。