満ち満ちた享受の領域を待ち望む ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ペテロ1:6今しばらくの間、あなたがたは、さまざまな試練によって悲しまな ければならないかもしれませんが、その時には歓喜します。(7節)あなたがたの 信仰が試されることは、朽ちる金が火によって試されることよりもはるかに尊い のであって、イエス・キリストの出現の時に、賛美と栄光と誉れとなって現れる のです。(8節)あなたがたは、その方を見たこともないのに愛しており、その方 を今、見ていないのになお信じており、言葉では言い尽くせない、栄光に満ちた 喜びをもって歓喜しています。(9節)それは、あなたがたの信仰の結果である魂 の救いを受けているからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 最近ある兄弟たちがわたしに言いました、「兄弟、この国でわたしたちはあらゆ る種類の豊富を享受していますが、他の所の聖徒たちは貧しく、迫害を含む多く の事で苦しんでいます。これは公平に見えません。彼らはそんなにも苦しんでい るのに、わたしたちはこの国のここで良きものを享受しているのです」。 わたしは答えました、「他の国々の聖徒たちは、彼ら自身の試練を受けています。 ところが、米国にいるわたしたちは別の方法で苦難を受けています。わたしたち は物質的なものをあり余るほど持っているので苦難を持っていないと思ってはな りません。多くのアメリカ人は、心臓病、潰瘍、精神病に苦しんでいます。この 国でわたしたちは、ある苦しみを受けるかもしれません。ところが、他の国々に いる人たちは違った苦しみを受けるかもしれません。わたしたちはどこにいよう とも苦しみ、また神の訓練に服従させられるでしょう」。わたしたちの魂におけ る苦難を避ける道はありません。人として地上に生きることは、苦しむことです。 今日、地はわたしたちの享受のためではありません。 若者は自分たちの教育を終え、良い仕事を見つけ、その後、非常に楽しい結婚生 活を持つことを期待するかもしれません。しかしながら、彼らはこの地上にはパ ラダイスがないことを認識する必要があります。わたしたちは苦難の領域から慰 めの領域へと救われるために、主の来臨を待たなければなりません。それが、わ たしたちの魂の全き救いとなります。彼の再来の時、わたしはこの苦難の領域か ら救い出されて、享受の領域へと移されます。その領域においてわたしたちは、 三一の神の満ち満ちた享受と、彼であるものと、彼が持っているものと、彼が達 成し、到達し、獲得したすべてのものの全き享受を持ちます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ペテロの第一の手紙(一)」(1986年版) メッセージ7から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。