わたしたちのむなしい生活様式から贖われる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ペテロ1:17 そして、人を偏り見ることなく、それぞれの行ないに応じて裁 く方を、あなたがたは父と呼ぶのであるなら、あなたがたの寄留の時を、畏れの うちに過ごしなさい。(18節)あなたがたが知っているように、あなたがたが父祖 から受け継いだむなしい生活様式から贖われたのは、銀や金などの朽ちるものに よるのではなく、(19節)傷もしみもない小羊の血のような、キリストの尊い血に よるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 文法によれば、18節は17節の「あなたがたの寄留の時を、畏れのうちに過ごし なさい」と関係があります。これは、わたしたちの寄留の時を畏れのうちに過ご すためには、キリストの贖いに関する深い認識が必要であることを示します。今 日、多くのクリスチャンはだらしない方法で生活しています。なぜなら、キリス トの贖いについての彼らの理解が浅いからです。 18節によれば、キリストの血はわたしたちをむなしい生活様式から贖いました。 このむなしい生活様式は、15節の聖なる生活様式に対比します。聖書における多 くの他の参照個所によると、キリストの血は、罪(複数)、違犯、不法、またす べての罪深い事柄からわたしたちを贖います(エペソ1:7、ヘブル9:15、テトス 2:14)。ここに一つの例外があります。すなわち、キリストの血は、わたしたち の古くむなしい生活様式からわたしたちを贖なったということです。なぜなら、 ここの強調点は罪深さにではなく、生活様式にあるからです。この章全体は、神 の選びの民が彼らの寄留において持つべき聖なる生活様式を強調します。その霊 の聖別がこのためであるだけでなく、キリストの贖いでさえ、このこと、すなわ ち、わたしたちの父祖から受け継いだむなしい生活様式からわたしたちを分離す るためです。これは、最高の代価、キリストの尊い血をもって達成されたことを わたしたちは知って、畏れのうちに寄留の日々を過ごすのです。 わたしたちの古い生活様式、情欲における生活(1ペテロ1:14)には、何の意義 も何の目標もありません。ですから、それはむなしかったのです。しかし今や、 聖なる生活を生きること、神の聖において神を表現することが、わたしたちの目 標です(15-16節)。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ペテロの第一の手紙(一)」(1986年版) メッセージ12から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。